Vol. 23
「CCSの概要と当社の苫小牧CCS大規模実証試験への取り組み」
1.日本CCS調査(株)の成り立ちと受託事業
当社は、地球温暖化対策としてCCSを推進するという国の方針に呼応して、2008年5月、民間企業の出資により、CCSに関する調査および研究開発諸業務を担うことを目的に設立されました。現在は、国や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)から、「苫小牧におけるCCUS大規模実証試験」(以降、苫小牧CCS実証試験)、「二酸化炭素貯留適地調査事業」、「CO₂の船舶輸送に関する技術開発および実証試験」、「二酸化炭素の資源化を通じた炭素循環社会モデル構築促進事業」の4つの事業を受託しています。このうち今回は、苫小牧CCS実証試験の概要と成果をCCS技術の概要とともにご報告します。
2.CCSとは
「CCS」とは、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術と呼ばれています。工場や発電所などから排出される二酸化炭素(CO₂)を含んだガスからCO₂のみを分離・回収し、地中深くの地層に送り込んで安定的に貯留する技術であり、CO₂の大気放出を大量に削減できるため、地球温暖化対策の1つとして大きな期待が寄せられています。また最近では、CO₂を資源として有効利用するUtilizationのUを加えて「CCUS」と呼ばれることも多くなりました。
3.CCS技術の概要
CO₂を地中に安全に安定して貯留するためには、貯留層とその上に遮へい層が対で存在する地質構造が必要です。貯留層は、細かい隙間を持つ砂岩層などからなり、その隙間にCO₂を貯める能力があります。また遮へい層は、貯留層からCO₂が地上に漏れ出さないよう、蓋の役割を果たす地層で、泥岩などからなります。この他、貯留地点の近くに活断層がない、過去に周辺で地震が集中して発生していないなどの地質条件を満たしていることがCCSを実施するためには必要になります(図―1)。
図―1 CCS概念図
貯留層の隙間には、太古に地層ができる過程で取り込まれた海水(地層水)が含まれています。圧入設備から圧入井と呼ばれる井戸を通して圧入されたCO₂はその地層水をゆっくり押し出しながら貯留層の隙間に貯留されます。圧入されたCO₂は地層水よりも比重が小さいため、隙間の中を上方に移動しますが、遮へい層が蓋の役目をしてそれ以上の移動を止めます。一方、貯留されたCO₂の一部は徐々に地層水に溶けるとともに、長い年月を経て岩石中のカルシウムなどのミネラル分と反応して炭酸カルシウムなどの鉱物に変わります。このような過程でCO₂は安定して貯留されます。
1,000mより深い地中では、CO₂は温度と圧力の関係から「超臨界」という、気体と液体の両方の性質を持つ状態になります。超臨界の状態では、体積は地上での気体の300分の1になることから、この超臨界の状態にして地層に送り込むことで、効率的に貯留することができます。また、圧入に伴う地震の発生を心配する声も聞かれますが、貯留層の温度・圧力を監視し、圧入量を適切な範囲に維持することによって、安全に貯留を行うことができます。
4.苫小牧CCS実証試験
苫小牧CCS実証試験は2012年度から開始され、最初の4年間で設備の設計・建設、坑井の掘削、監視システム構築などを経て、2016年4月から年間10万t規模で海底下地層へのCO₂圧入を開始しました。2019年11月に圧入目標値である累計30万tを達成した後、圧入を停止し、現在は貯留したCO₂の広がりなどの監視を継続して実施中です。
4-1.苫小牧CCS実証試験の目的
本実証試験の主な目的は以下の4つです。
⑴ CO₂分離・回収、貯留までのCCS全体を一貫システムとして実証する。
⑵ CCSが安全かつ安心できるシステムであることを実証する。
⑶ 本実証試験に関する情報を広く公表し、CCSへの理解を深める。
⑷ CCS設備の操業技術を得ると同時にCCSの実用化に向けた取り組みを行う。
4-2.苫小牧CCS実証試験の概要
図-2を用いて、本実証試験のシステムの全体構成を説明します。隣接する出光興産(株)様の北海道製油所の水素製造装置から供給を受けたCO₂含有ガスからCO₂分離・回収設備でアミン溶液を使用した化学吸収法によりCO₂のみを分離・回収した後、圧入設備で昇圧して超臨界状態として、海岸から約3 ~ 4 kmの海底下にある深さの異なる2つの地層(萌別層と滝ノ上層)にそれぞれの圧入井を通して圧入し、貯留しました。萌別層は海底下約1,000~1,200 m、滝ノ上層は海底下約2,400~3,000 mにあり、それぞれの上部に遮へい層が存在しています。
図-3は、圧入井坑跡に沿った地下の地層を模式的に示した地質断面図です。陸上から海底下に向けて斜めに掘られた2つの圧入井の坑跡とともに、萌別層と滝ノ上層の貯留層と両貯留層の上位にある遮へい層が示されています。
図-2 実証試験システムの全体構成概略
図―3 地質断面図および圧入井(模式図)
4-3.CCSへの理解を深める活動
苫小牧CCS実証試験を開始した2012年当時、一般社会ではCCSはほとんど知られていませんでした。本実証試験を円滑に進めるために、地域の幅広い世代を対象にまずCCSを知ってもらう必要がありました。当社では、苫小牧市役所にモニターを設置し、本実証試験で得られたデータを更新して公開するなど苫小牧周辺地域に重点を置きつつ、広く国内へCCSや本実証試験に関する情報を発信するとともに、現場見学会、大学での講義および講演会の開催、環境系展示会へのブース出展などを行いました。
また、海外での多くの国際会議や学会などにも参加し、苫小牧CCS実証試験の内容や成果を発表することに努めました。
以上の取り組みは現在も継続して実施しています。
4-4.苫小牧CCS実証試験の成果と課題
本実証試験を通じて次のような成果が得られました。
⑴ 分離・回収から貯留までのCCS全体を一貫システムとして実証し、累計30万トンのCO₂貯留という実証試験の目標を達成した。
⑵ 各種の監視および海洋環境調査により、CCSが安全かつ安心できるシステムであることを確認した。
⑶ 地震に関する不安を、収集したデータに基づいて払拭した。
⑷ CCSの理解を深める活動を継続的に実施し、CCSの認知度向上に寄与した。
⑸ CCS実用化に向けた取り組みを通じて、得られた知見と課題を整理した。
本実証試験で整理された課題をもとに、2030年のCCS社会実装に向けて、国へ以下の課題を提言しました。
⑴ 低コスト化:CCS事業ではCO₂分離・回収のエネルギーコストの割合が大きいため、様々な分離回収の技術開発を継続し、CCSの普及に向けて更なる低コスト化を図る必要がある。
⑵ CO₂輸送手段の確立: CO₂排出源とCO₂貯留適地が必ずしも近接しているとは限らないため、大規模CCSを想定した輸送技術の確立が求められる。
⑶ 貯留適地の確保:CCSの実用化には大規模貯留地点の確保が不可欠である。
⑷ 事業環境整備:事業者がCCSを実施するためには、インセンティブ施策、官民の責任分担を明確にするなどの法整備および社会的受容性の向上といった事業環境の整備が必要である。
5.おわりに
国は2030年のCCSの社会実装に向け、課題解決を進めています。2021年に当社を含む4社が共同で受託した「CO₂の船舶輸送に関する技術開発および実証試験」は、課題解決の取り組みの1つとして開始されました。
また、国際エネルギー機関IEA (International Energy Agency)の発表によると、2021年の世界のCO₂排出量は約363億トンであり、過去最高となりました。IEAは気温上昇を1.5℃未満に抑えるため様々な方法を検討していますが、2050年カーボンニュートラルの実現を目指し、CCUSによる2050年時点でのCO₂削減量を年間76億トンと見込んでいます(※1)。これを踏まえ、2022年5月、経済産業省の「CCS長期ロードマップ検討会」は、その中間とりまとめの中で、IEA試算から推計すると、日本における2050年時点のCCSによるCO₂の想定貯留量(目安)は年間約1.2億トン~2.4億トンと発表しました(※2)。国は今、2050年のカーボンニュートラルを目指し、様々な取り組みを開始しています。
当社は、今後とも、2030 年頃のCCS 技術の社会実装に向けて、安全を最優先に苫小牧CCS実証試験を実施するとともにCCUSに係る様々な技術的な取り組みに加えて、CCSやCCUSに対する理解がより深まるよう情報発信を継続してまいります。
なお、本稿の主たる部分は、経済産業省およびNEDO の委託事業を通じて得られた成果の一部をまとめたものです。
(※1) IEA 「Net Zero by 2050」
(https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050)
(※2) 経済産業省「CCS長期ロードマップ検討会 中間とりまとめ」
(https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/20220527_report.html)
著者プロフィール
藤 真弓(ふじ まゆみ)日本CCS調査株式会社 広報渉外部 担当部長
茨城県出身。2011年4月入社
広報渉外部に所属し、北海道苫小牧市で国により実施されている
CCS実証試験の社会的受容性の醸成活動に従事する。
2022年6月より現職。